曖昧さを受け入れる

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人の心は曖昧なもの

曖昧を辞書で調べると「はっきりしない事、疑わしい事」と載っています
人の心には曖昧な思いがあり、気になる事もあれば気にならない事もあります
はっきりしない、疑わしい事であるなら、はっきりさせて疑いを晴らしていけばいいとは思いますが、すべての事がそうできるとは限らないと思います
自分が解消したい曖昧な思いが解消できない時、あなたはどうしますか
今は解消できないと曖昧さを受け入れますか、それとも受け入れられませんか
今は解消できない曖昧さを受け入れられないと思ってしまうと、曖昧さにある真実ではなく、自分がそうなって欲しい虚実を求めてしまうようになります
自分がわかりたくても曖昧な事はあります、それなのに曖昧な事を受け入れたくないと、無理やり曖昧さを解消していく事に真実はないと思います
曖昧さを受け入れるかどうかは、真実と虚実の分かれ道だと思います

自分が気になる事だと、曖昧さを無理やり解消しようとしてしまう事があります
自分が気になる事だと、曖昧なままその事を受け入れる事ができず、どんな結果でも良いから白黒つけたいと思ってしまうと受け入れられなくなります
もちろん、どんなに自分が白黒つけたいと思っていても、曖昧な事は曖昧なので、そこにある曖昧さが解消される事はないと思います
しかし、無理やり曖昧さを解消しようとしてしまうと、自分がこうなって欲しいという結果を妄想していき、真実を虚実にしていく事があります
自分が気にならない事であれば、曖昧さを無理やり解消しようとは思いません
しかしそれは、気にならない事であれば受け入れられるという事ではなく、気にならない事にある曖昧さは受け入れなくても気にならないだけです
しかし、気になる事にある曖昧さの場合は受け入れられない事が気になります

真実を虚実にしていては、ありのままの事実が見えているとはいえません
どんなに事実を基にしていても、虚実は妄想によるものなので事実とは違います
妄想はあくまで自分の頭の中だけの事なので、それを事実と思っていたとしても、自分が知りたい事実がわかる事はないように思います
曖昧さを受け入れたくないからといって、事実を自分がなって欲しい妄想による虚実にしていても、それが事実ではない事は誰もがわかる事だと思います
しかし、曖昧さを受け入れたくないと強く思っている時は、わかっていない事を自分が妄想した虚実にする事に抵抗を感じないのかもしれません
その事が、自分が妄想している虚実を事実にしてしまうように思います
曖昧な事がいけないのではなく、曖昧な事を曖昧だと受け入れる事ができない自分が、曖昧な事をいけないようにしているだけのように思います

曖昧な事は、そこにある曖昧さを受け入れるようにしていきましょう
世の中には曖昧な事もある、そう思って曖昧さを受け入れるようにしましょう
人の心は意外と曖昧なものだと思い、はっきりと白黒つくものではないと思います
決して曖昧なままで良いという事ではなく、曖昧な事をそのまま曖昧だと受け入れないで、無理やり結論を出そうとしない方が良いという事です
自分の心にある曖昧さを、曖昧のまま受け入れてはいけないと思うのは間違いで、そう思ってしまう自分の思考の方が間違っているように思います
物事にある事実をそのまま見るには、曖昧さをそのまま見る必要があると思います
すべてに唯一の答えがあると思う考え方は、曖昧さを受け入れる事を邪魔します
唯一の答えがある事は、人が作為的に作っている事だけだと思います
曖昧さを受け入れられると、人生の答えを自分で出す思考になっていきます