失敗したなくない

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失敗は成長のもと

失敗したくない、そう思ってしまう事はありますか

失敗したくないと思って、今の自分が失敗しない事ばかりしていては、何か新しい事ができるようになる事はないように思います

もし、何も失敗しないで新しい事ができたという事があるとしたら、それは、すでにその事ができていた事に自分が気づいていなかっただけのように思います

それなのに、失敗したくないと思う事があるのは、何か新しい事ができる事よりも失敗する事の方がリスクが高い、そう思っている自分がいるからだと思います

失敗した事でダメな奴だと周りから思われたらどうしよう、そんな思いが失敗したくないと思う人にはあるように思います

失敗したら周りから認めてもらえないからと、失敗したくないと思って今の自分ができる事しかしないようでは、自分が認められる事はないと思います

 

周りに認められたい人は、失敗しそうな事は避けていく、或いは失敗しそうな時は他のせいにして自分は失敗していないように見せる行動があるように思います

しかし、失敗したくないと自分ができないと思う事を避けていては、自分が成長する事はないと思いますし、成長しない人を周りが認める事はないと思います

失敗したくないと思ってしまう背景には、競争社会の弊害があるように思います

競争するという事は本来、お互いが競い合って切磋琢磨していく事で、今よりもっと良いものを創り上げていく事をいうと思います

それなのに今の社会にある競争は、競い合って良いものを創り上げる事よりも、ただ勝てばいい争うだけの競争になっている事が多いように思います

競争に勝つ事は必要だとは思いますが、ただ勝てばいい競争では失敗する事を負けだと思ってしまい、失敗したくないと思ってしまう事があるように思います

 

競争という字だけを見てしまうと、争うという字が使われているので、争って勝つ事が競争ではないか、そう思ってしまう事もあるのかもしれません

しかし、争って勝つ事には、自分が良くなる事で勝つ事だけはなくても、相手が悪くなっていく事で勝つ事も含まれてしまう事があります

競争して勝つ事に意味があるのは、競争に勝つ為にお互いが今よりも良くなろうと努力して、より良い物が生まれる事があるからだと思います

それなのに、どちらも良くならずに、ましてや悪くなっている競争であれば、自分にとっても、相手にとっても、社会にとっても、良い事はないと思います

そんな誰も良くならない競争に勝つ事に、何の意味もないように思います

競争に勝てばいいと思う社会では、自分の成長に必要な失敗をする事よりも、自分の成長を邪魔する失敗をしない事を選んでしまう人が多くなるように思います

 

失敗したくないと思っていては、何かにチャレンジしようと思う事はなく、何かに

チャレンジしようとしない自分が周りから認められる事はないと思います

本当に、周りから認められたいと思うのであれば、失敗したくないと思うのではなく、チャレンジして失敗する事から学ぶ姿勢が大事だといえます

もし仮に、失敗している人を馬鹿にするような人がいたならば、それは、他の人の足を引っ張ってでも勝てばいい競争をしている人だと思います

勝てばいい競争ばかりをしている人の言葉を気にして、失敗したくないと思っていると、勝てばいい競争の中に巻き込まれていくように思います

そのような人の言葉に耳を貸す必要はありませんが、失敗してもいいと挑戦する事を促してくれる人の言葉には耳を傾けた方が良いと思います

それができると、失敗している人の方が周りから認められる事がわかってきます